母に伝えたいのは、「ありがとう」。けれど、そのひと言の中には、簡単には整理できない気持ちもありました。母のことを思い返すうちに浮かんできたのが、母の歌と、自分が踊ることでした。
母が歌っていた曲を自分で歌うと、不思議なくらい声に合う。どれもぴたりとはまって、自分の声がいちばんきれいに響くように感じる。その実感を、この歌の中心に置きました。
母さんの歌が 僕の声になる
初めて歌う 歌さえなじむ
「自分の声にハマる」という実感を、「母さんの歌が、自分の声になる」という言葉に込めています。歌いやすいという実感の中に、母から受け継いだものが見えてくる。続く歌詞の「いちばん楽に息ができる」も、その親しさを、身体で感じられる言葉にしています。
母から何を受け取ったかを考えたとき、自分の声そのものが答えになる。歌うという行為で、母とのつながりを伝える形になりました。
踊る足と、その先の笑顔
気が付けば、自分も踊りを好きになり、クラブで踊って人を喜ばせられるようになっていました。自分が好きで踊る。その踊りで人も喜んでくれる。そんな楽しさの中にも、母から受け取ったものを感じます。
人が笑うと うれしくなって
踊るこの足も 似てる気がした
人に喜んでもらえるとうれしい。その気持ちを、踊る足と、その先にいる人の笑顔に重ねた二行です。
好きなことを楽しんでいる自分の中に、母に似たところがある。歌うことも踊ることも、ここで同じ気付きにつながります。
覚えている言葉は、その言い方で残す
母の言葉として覚えているのは、「この世でいちばん」。この言い方を、そのまま歌の中に残したいと思いました。
「この世でいちばん」 あの日の声に
今でも僕は 胸を張れる
意味の近い言葉でも、その人の言い方として覚えている響きがあります。「この世でいちばん」と口にすると、母の声が思い浮かぶ。その響きごと、歌の中に置いておきたかったのです。
この歌には、寂しかった日も、笑えた日も出てきます。それらを「どちらも連れて」歌うという表現には、いろいろな気持ちを抱えたままで、ありがとうを伝えられる余地があります。
声にハマる感覚も、人と笑い合う踊りも、母がくれた言葉も。自分の中に残っているものを、一つの歌に込めました。
最後に残ったのは、「まだ一曲 歌ってもいいかい」という呼びかけでした。母さんの好きな自分の声で、もう少し歌っていたい。その声で伝えること自体が、この歌の「ありがとう」になっています。